白状するとJAZZ以外も聴いてます(笑)音楽とともに思い出される出来事。


誰にしも思い出の曲と言うのはあるのではないでしょうか?
子供の頃、思春期、青春時代、働き始め、結婚した頃、子供ができた時、楽しかったとき、旅の思い出、仕事に疲れた頃、悩み多きときなどなど。
この曲を聴くとあの頃が思い出されるという音楽。
そんなのがあるのではないと思います。
僕も何曲かあります。
ふと思い出す曲ね。

1983年頃~小学生のころ野球の練習帰りに聴いた曲~

少年野球時代

もう35年ほど前になるけど小学生4年生から6年生まで、通っていた開南小学校友人二人で少年野球チーム「松尾カープ」を作って毎週日曜日は朝から晩まで、野球を楽しんでました。
素人チームが3年間で少しづつ強くなり、卒業生の最後大会では地区の大会で準優勝した。
三年間一度も勝つことができなかった久茂地小学校の「久茂地ゼブラ」に0-1で負けた。
でも、週一回の練習が楽しくて、毎週待ちどうしかった。
そして、練習の帰りには監督が車で、僕と弟を家まで送くれてカーオーディオのテープで流れてきていたのがその当時流行っていたJ-POPでした。
その中でも杏里の《キャッツアイ》がなんだか好きだった。
当時は三人姉妹の怪盗キャッツ・アイのマンガが連載が始まり、夢中で読んでたのでこの曲にも興味を持ったのかもしれない。
いつも僕と弟のことを気にかけてくれた監督は元気だろうか?
少年野球のことと監督のことを思い出す曲です。

監督の車でかかっていた曲に寺尾聰の《ルビーの指輪》も流れてました。
1981年にリリースされた曲ですが、当時のTV番組「ザ・ベストテン」で12週連続1位という偉業を成し遂げた曲でした。
僕も好きな歌で、ずっとカラオケの十八番です。
そして、今は寺尾聰に似てると言われるのが嬉しい。

1989年頃~青春時代に聴いた歌~

高3インターハイ県予選終了後の集合写真。とても強いチームでした。
僕は最前列左から5番目。めがねに帽子かぶってます。真っ黒です。

中学生時代は勉強ばかりしていて、あまり音楽の思い出がないのですが、高校時代は青春真っ只中で、多感な時期。
いろいろと思い出されます。
高校時代からはじめた陸上競技は社会人の2年目くらいまで続けました。
本気でオリンピックにも出たいと考えてた。
まったく届かなかったですけどね(笑)
でも、そんな青春時代の那覇高校陸上競技部のメンバーとは練習の日ももちろんのこと、休みの日もほぼ一緒で、3年間365日一緒に過ごしたくらいのイメージです。
陸上競技部のメンバーでちょうど流行り始めのカラオケにいくと歌ってたのが爆風スランプの《ランナー》。
テンション高く歌ってましたね。
アスリートにはわかる心情を歌った曲ではないでしょうか。

同じ爆風スランプの歌に《大きな玉ねぎの下で》があります。
これも高校時代にリリースされた曲だったんではないかな。
僕は高校時代には女の子にフラれ続けていたのでセンチな気分で聴いてました。
今もカラオケでは十八番の歌ですけどね(笑)
本当にいい歌。
名曲です。

高校時代のクラスメートに恋をして、彼女とは付き合うことはなかったけど色々な話をした中で、覚えているのがお互いにどの歌が好きか?といったこと。
彼女が好きだといったのは久保田利伸の《Missing》。
それから有線にリスクストを出したりして何度も聴いた覚えがあります。
この曲を聴きながら彼女のことを思うと切なかったな。

1990年頃~大学時代は安価なCDも普及してたくさんのヒット曲が生まれた~

大学陸上部のチームメートと他校のマネージャーを囲んで。
陸上そっちのけで、女の子のことばっかり考えてました(笑)
だから記録も伸びなかった。

大学時代になると音楽はCDで聴くのが一般的で、数年前からCDが安価になっていたことから大学時代は寮の先輩からCDラジカセをもらって音楽を聴いてましたが、二人のアーチストの歌を良く聴いてました。
愛がテーマだったかな。
相変わらずフラれてばかりの男だったから、勇気をもらえるような曲を聴いてたのかもしれない。

KANの《愛は勝つ》は毎日のように聴いてて、どこでも流れてた。
友人と沖縄のどこかでパターゴルフをしてたときにこの曲が流れてきて、パターを持った手を止めて最後まで聴いてたのが昨日のように思います。

槇原 敬之の《もう恋なんてしない》もよく聴いてました。
失恋するたびに(笑)

このころからでしょうか、ドラマで使われる曲がすごく印象に残っています。
その中でも武田鉄矢と浅野温子のダブル主演「101回目のプロポーズ」のCHAGE & ASKAの《SAY YES》は忘れられない曲ですね。
ドラマも欠かさず見てましたが、歌も良かった。
友人とカラオケでよく歌ってました。
僕はチャゲだったかな(笑)

1994年頃~社会人になって聴いた曲~

海外からの研修員を受け入れる事業に携わる。後列の真ん中が僕。

社会に出ると環境が激変します。
僕も大学時代過ごした福岡県北九州市を離れて東京で仕事をするようになった。
環境が変わり、仕事をはじめ、大学時代から付き合い始めた彼女とは遠距離恋愛。
その遠距離恋愛していた彼女にCDをプレゼントしたのが、DEENの《このまま君を奪い去りたい》。
恥ずかしい~~~(笑)
でも、当時はそんな気持ちだったのかもしれません(笑)

そして僕が音楽についていけなくなったのもこの頃からかもしれません。
あまり音楽を聴かなくなった。
社会に出て、なんだか気ぜわしくて、一生懸命で、音楽がなくても生きていけましたから。
その頃から混乱するようになったのが、曲名なのか、グループ名なのかわからなくなってきた。
例えば、スピッツの《ロビンソン》。
とてもいい歌だけどスピッツのロビンソンか、ロビンソンのスピッツかわからなくなってきた(笑)
この頃から良くわからなくなってきた。
でも、スピッツの《ロビンソン》はいい曲なのは覚えてる。
ある意味思い出の曲です。

社会人になると飲み会が増えて、当時は二次会はカラオケというのも定番の流れでした。
だから皆が十八番をもっていた。
東京で仕事をしていたころは週に3回くらいは飲んでたから、カラオケもよく行ってた。
自分の好きな歌を良く歌ってたな。
村下孝蔵《初恋》、サザン・オールスターズ《いとしのエリー》、ハウンド・ドッグ《ff》、梅沢富美男《夢芝居》、小林明《熱き心に》などなど結構渋い歌も好きです。

2000年代~そんなに音楽が好きなだけではないけどいつも流れていた~

高校時代の陸上部の仲間。2012年の飲み会。

僕は音楽がないからといって生きていけないとか、強いこだわりがあるのではないと思う。
その頃に流行った歌を漫然と聴く感じかな。
でも、衝撃的な歌に出会います。
鹿児島県奄美大島出身の元ちとせの《ワダツミの木》。
確か始めて聴いたのは、スーパーの有線放送だったと思う。
なんだ、この曲は?と衝撃を受けました。
これまでにない歌い方、雰囲気。
ミステリアスで、スピリチュアルな世界。
引き込まれましたね。
突如現れた奄美大島の歌姫に世間が騒然としたのを覚えています。

同じようにその歌詞に共感したのが、平原綾香の《JUPITER》。
「夢を失うよりもかなしことは、自分を信じてあげられないこと」という歌詞には本当に勇気付けられました。
今もこの歌詞を思い出しながら、いろんなことに挑戦しています。

2005年から現在~いま~

主に聴くのはやっぱりJAZZです。
JAZZの想いでは「今日のJAZZ」に譲るとして、沖縄に帰ってきたから聴くようになったのが、沖縄のシンガーやグループの歌。
沢山の沖縄出身のアーティストが活躍してます。
安室奈美恵を知らない人はいないでしょうし、世界的に有名な喜納昌吉、石垣島出身のビギンは全国区、夏川りみも《なだそうそう》がブレイクしたし、アルベルト城間のディアマンテスもラテン音楽で全国に名を知らしめました。
かりゆし58やモンゴル800も大活躍してます。
そして僕が好んで聞いていたのがHY。
始めて聴いたのは沖縄に帰ってきてからでしたが、女性ヴォーカル仲宗根泉の歌声に感動しました。
その中でもYoutubeで良く聴いてたのが《366日》。
女性のはかない恋心を歌った曲ですが、なんだかジーンときちゃいました。
僕も何度もフラれたからなんだかわかるんですよね。

他に好きな曲

いい歌は沢山あります。
一青窈《ハナミズキ》、高橋真梨子《ごめんね》や《はがゆい唇》、斉藤由貴の《卒業》、杏里《オリビアを聴きながら》、カルロス・トシキ&オメガとライブ《君は1000%》、レミオロメン《粉雪》などなど。
そして、どれもなんだか思い出がある。
歌が人をひきつけるのは、人生の出来事に関連付けることがあるからなんでしょうね。

僕は音楽がなければ生きていけないとか、強いこだわりがあるわけではないように思っていましたが、このブログをここまで、書いてきておもったのは、音楽っていいな、ということです。
音楽のない人生は少しつまらないかもね。
今はJAZZが好きですが、この先も何かしら音楽に触れていたいですね。

買ったまま放置しているトランペットでも吹いてみようか(笑)

昨年2月22日のエクスマセミナーでの一コマ。カッコいい~けど、吹けません(笑)

今日のJAZZ

僕の思い出のJAZZというと真っ先に思い浮かぶのがピアニストのビル・エヴァンスの《My Foolish Heart》(マイ・フーリッシュ・ハート)。
特に何かしらのシチュエーションがあって思い出があるというのではなく、JAZZの聴き始めに買ったバラードばかりを集めたコンピレーションアルバム『ジャズ・バラード』の中に収録されていて、エヴァンスの《My Foolish Heart》は何度も聴いてました。
ジャズの持つ雰囲気が好きで、癒されると思ったのは、この曲のおかげかもしれません。
そう考えるとJAZZが好きになったきっかけとなる思い出深い曲です。

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城間 恒浩

代表者行政書士ジャジー総合法務事務所
沖縄県那覇市松尾の遺言・相続関係専門のJAZZ好きの行政書士。 2010年に父親と祖母を同じ年に亡くし2度の相続を経験。 その時に感じたのが「気軽に相続や遺言に関する相談先があったらいいのになぁ」ということ。 そんなことから、身近な街の法律家、遺言・相続専門の行政書士として、自分の経験や学んだ知識で相続でお困りの方のご相談にのっています。 行政書士は遺産分割協議書や遺言書作成などの相続関係のお手伝いもできるのです。 1971年9月生。国際協力関係の仕事に約11年間、社会保険労務士の事務所で約10年勤務後、2015年10月より現職。 エクスマ塾67期。エクスマ・エヴァンジェリスト15期。エクスマ学院1期。 JAZZが大好き。好きな場所は、沖縄とニューヨーク。 2016年9月よりラジオ番組パーソナリティーとしても活躍中。お気軽に「ジャジー」と声をかけてください!

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